· 

二十四節気、七十二候、雑節とは


■旧暦と新暦

・旧暦は「月の巡り」をベースに作られた暦

 

明治の改暦(明治5年・1873年)以前 1200年以上日本では月の満ち欠けを元に、太陽の動きを取り入れた「太陰太陽暦」に合わせて生活を送っていました。1か月は新月から次の新月までの間として1日は必ず新月になり、1年は立春に一番近い新月の日から始まります。

・新暦は「太陽の運行」から作られた暦

 

太陽の運行を元にした暦が「グレゴリオ暦」です。明治の改暦(明治5年・1873年)移行に採用され現在も世界基準の暦として使われています。1週間は7日と決まっており、特徴は旧暦に比べて規則正しいことです。新暦は、曜日を基準にした暮らしには適していますが、月の巡りとは一致しませんので自然のリズムを感じにくいという一面があります。

 古くから伝わる行事はたいていの場合は旧暦に沿った内容になっていますので、新暦でそれを忠実に行おうとすると自然の流れと暦にずれが生じて不都合が生じることがあります。

近代化を推し進める明治政府は明治5年(1873年)12月3日を明治6年1月1日としました。そもそも、1カ月の長さの差が旧暦と新暦にあったのに加えて旧暦から新暦に切り替える際に、1か月近く暦が前倒しになってしまいました。その1カ月早い暦の上に旧暦の行事をのせてしまえば、季節が合わないのは当然の事なのです。

■二十四節気とは

 太陽が1年で一回りする道を「横道」といいます。二十四節気は太陽が真東から昇り、真西に沈む「春分」を起点に横道を24等分したものです。1年を15日毎に区切り「立春」から始まって「雨水」「啓蟄」など、季節の変化を感じ2文字で表現しています。季節の変わり目・節目には「立春」「立夏」「立秋」「立冬」などのように「立」が季節の漢字の前に付き、季節の区切り目がはっきりと分かるようになっています。

 旧暦は月の満ち欠けをベースにした太陰暦と、太陽のリズムを元にした二十四節気を組み合わせた「太陰太陽暦」です。月の満ち欠けを元にして暦を作ると実際の季節とのズレが生じます。一方で太陽の動きを24等分した二十四節気は毎年同じ節気が巡ります。旧暦では二十四節気を基準にして「閏年」を挿入して暦と季節のズレを補っていました。

■七十二候とは

 二十四節気を更に3つに分け、約5日毎に名前を付けたものです。七十二候はもともと古代中国で生まれたと言われています。やがて日本に渡ってきたのですが中国と日本では季節感に違いがありました。そこで、江戸時代の暦学者が日本の気候に合わせて改訂したものが今に伝わっています。鳥や花、自然現象、小さな虫に至るまでの変化が盛り込まれています。短い言葉に四季の風情が詰め込まれており季節を感じるヒントになります。

■雑節とは

 農耕や漁業中心の生活を送ってきた日本人にとって季節の変化をとらえることは重要な事でした。そこで、梅雨入りの目安となる「入梅」などは農業や漁業を行う上で重要なポイントとなる日に暦日を設けました。これが「雑節」なのです。